名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)420号 判決 1976年3月15日
控訴人 株式会社三協ケース
右代表者代表取締役 杉山弘行
控訴人 杉山弘行
右両名訴訟代理人弁護士 南舘金松
同 南舘欣也
被控訴人 栄生運輸有限会社
右代表者代表取締役 各務秀男
右訴訟代理人弁護士 高木修
同 平田米男
主文
原判決中、本訴請求に関する部分を左のとおり変更する。
控訴人らは、各自、被控訴人に対し、一九八万一一三〇円および内金一八〇万一一三〇円に対する昭和四八年三月一一日から、内金一八万円に対する本判決言渡しの日の翌日から支払いずみまで各年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
本件控訴中、反訴請求に関する部分を棄却する。
訴訟費用中、本訴請求に関する部分については第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とし、反訴請求に関する部分の控訴費用は控訴人株式会社三協ケースの負担とする。
事実
控訴代理人は、本訴請求につき、「原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、反訴請求につき、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人株式会社三協ケース(以下「控訴会社」という。)に対し、五四万五〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年三月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
一 被控訴人所有の普通乗用自動車(以下「被控訴人車」という。)は本件事故により全損となったものではない。事故前の車両価格に対し修理費の占める割合がどの程度に達した場合において全損とみるべきかについては客観的な基準は存しないけれども、損害保険業界では右の割合が八〇パーセントを超えた場合、当該車両が全損となったものとして取り扱っている。ところで、被控訴人車の修理費は、甲第二号証の一ないし五によれば一八〇万二一〇〇円、乙第一号証によれば一七〇万〇〇九〇円と見積られている。仮に、原判決が認定しているように被控訴人車の事故前の価額を二四〇万円とすると、これと前記修理費との差額は五九万七九〇〇円あるいは六九万九九一〇円となり、事故前の価額に対し修理費の占める割合は七五あるいは七〇パーセントとなって、いずれも八〇パーセントには達しない。また、本件事故前における控訴会社所有の普通乗用自動車(以下「控訴人車」という。)の価格は五七万円であったところ、甲第二号証の一ないし五および乙第一号証のいずれによっても、被控訴人車の事故前の価額と修理費との差額は右控訴人車の価格を上回る。このことは右差額をもって優に一〇か月落の国産普通乗用自動車を購入しうることを意味する。以上のことからすれば、被控訴人車を全損として取り扱うことが不当であることが明らかである。したがって、控訴人らに損害賠償義務があるとしても、甲第二号証の一ないし五あるいは乙第一号証に記載されている修理費をもって限度とすべきである。
二 仮に、本件事故により被控訴人車が全損になったとしても、その損害は二四〇万円を下回ることは明らかである。原審は甲第三号証に依拠して、本件事故当時における被控訴人車の価格を二四〇万円と認定した。しかし、甲第三号証に記載されている価格は、これを下取りとして高級外車リンカーンを購入することを前提として査定されたものである。一般に新車を購入する場合その価格を値引きせず、その代り下取車を実際より高く評価し、実質的に新車価格を値引きしたと同様に扱うのが自動車販売業界の常識である。甲第三号証の見積価格二四〇万円も業界の右慣行に副ってなされたものであることは明白であり、被控訴人車の市場価格は右見積価格を下回るものである。また、被控訴人車は、昭和四五年八月購入されたものであって、本件事故時までに三一か月を経過しており、したがって、その法定減価残存率は〇・三八三であるところ、新車価格は五五〇万円であるから、これに右減価残存率を乗じて得た二一〇万六五〇〇円が被控訴人車の本件事故前の価格となる。さらに、乙第一号証による被控訴人車の評価額は二〇〇万円にすぎない。これらを総合すれば、本件事故当時における被控訴人車の価格が二一〇万六五〇〇円を超えることはあり得ない。
三 本件事故につき、控訴人杉山に過失があったとしても、被控訴人車を運転していた各務秀男にも過失があった。すなわち、本件事故現場は前後左右の見通しのよい交差点内である。しかるに、右各務は、本件交差点に被控訴人車よりも先に進入していた控訴人車に衝突直前まで全く気付かなかった。したがって、衝突回避のためのブレーキ操作は勿論、ハンドル操作もしていない。そのうえ被控訴人車は制限速度(時速五〇キロメートル)を超えて走行していた蓋然性が極めて高い。右のように、各務にも前方注視義務違反、制限速度違反等の過失があり、その過失割合は二割を下るものではない。
(被控訴人の反駁)
一 被控訴人車は、本件事故によりその最重要部分であるエンジン部分および前輪部を大破した。一般に、複雑な機構を有する機械は一旦大破すると、いかに修理しても元の性能を回復するものではない。被控訴人車は、右のように大破しているのであるから、これに一八〇万円を投じて修理をしても元の性能を回復することは不可能である。また、車両価格に対し修理費の占める割合がどの程度に達した場合、全損とみるべきかについて客観的な基準が存しないことは控訴人らも認めているところである。したがって、損害保険業界で定めた一応の基準が存するとしても、被控訴人車の損害額を算定するに当っては、右基準に拘束されることなく本件の具体的事情に即して判断すべきである。
二 甲第三号証は、財団法人日本自動車査定協会において、被控訴人車を厳正中立に査定した見積価格を記載したものであって、自動車販売業界には控訴人らが前記主張二において述べるような慣行は存在しない。下取価格は、右査定額にさらに若干の上積みがなされて定められるのであって、査定価格に新車の値引額を見込んでおいてこれを下取価格とするのではない。もともと、被控訴人車は、査定時において、中古車でも最上級のものであったから、標準の査定額より一割程度高く査定されたものであり、二四〇万円なる額は何ら不当なものではない。これに比し、乙第一号証の価額は、被控訴人車を実際に見分せず、本件事故時に撮影した写真に基づいて査定されたものにすぎず、その正確度は低いものである。
三 本件事故につき、被控訴人車を運転していた各務には何ら過失がなかった。同人が衝突直前まで控訴人車に気付かなかったのは、控訴人車が中央分離帯の陰から被控訴人車の直前に制限時速五〇キロメートルを超える猛スピードで飛び出してきたためであり、したがって、被控訴人車を運転していた各務にはブレーキ操作もハンドル操作もする余裕がなかったのである。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一 本訴反訴を通じ、本件事故の発生、その原因ならびに態様、これに対する控訴人らの責任についての当裁判所の判断は、次のとおり付加訂正するほか、原判決理由第一の第一、二項および第四項ならびに第二の第一項説示(原判決六枚目表一〇行目から七枚目表一〇行目まで、その裏末行から八枚目表末行までおよび九枚目表初行からその裏六行目まで)と同じであるから、右記載をここに引用する。
1 控訴人らは、本件事故につき、被控訴人車を運転していた各務秀男にも過失があった旨主張する。そして、≪証拠省略≫中には、控訴人らの右主張に副う部分が存するが、右は≪証拠省略≫に照らし、にわかに措信できない。もっとも、≪証拠省略≫中には、被控訴人車を運転していた各務は、衝突直前まで本件交差点内を東進してきた控訴人車に気が付かなかった旨の部分が存するが、他方、≪証拠省略≫によると、本件事故現場は、信号機により交通整理の行なわれている交差点内であること、本件道路の制限速度は毎時五〇キロメートルと指定されていること、被控訴人車を運転していた各務は、時速四〇キロで進行し、本件交差点にさしかかったところ、右交差点に設置されてあった南北の信号機が青を表示していたので、それに従いそのまま進行したこと、本件交差点内は明るかったため控訴人車のヘッドライトが認めにくく、各務は衝突直前にいたって控訴人車に気付き急遽ブレーキをかけ左方に転把したが及ばず、三・二メートルのスリップ痕を残して控訴人車と接触するにいたったこと、控訴人杉山は当時飲酒して控訴人車を運転していたこと等の事実が認められるのであって、右のように、各務において青信号の表示に従って本件交差点内を進行している以上、控訴人車のように突然進路前方を横断する車両があるとは予想しないのが通常であるから、控訴人車を発見するのが多少遅れたとしてもそのことをもって右各務に対し前方注視義務違反の過失責任を問うことはできないといわなければならない。他に被控訴人の過失を認めるに足りる証拠はなく、控訴人らの主張を採用することはできない。
2 原判決六枚目裏初行に「名古屋市中区白山町」とあるを「名古屋市中区西白山町」と訂正する。
二 そこで、進んで被控訴人の被った損害額について判断する。
1 車両損害
およそ、自動車が交通事故により破損し、修理不能の状態に陥ったときは、破損前における当該車両の時価そのものをもって損害額とすべきであるが、破損が右の程度にいたらず、なお、その修理が可能である場合には、修理によって、その交換価値が事故前の状態に回復されるのであるから、事故前の価格に対する割合がいくばくであるにせよ、修理のため支出さるべき金額をもって一応損害額となすべきである。しかしながら、その場合においても、修理費が事故前における車両の価格を超えるときは、右車両価格をもって損害額となすべきであり、また、修理可能な車両を修理することなく破損のまま売却したときは、修理費用に相当する金額と事故前の時価から売却代金額を控除した金額とを比較し、そのいずれか低き金額をもって損害と認めるのを相当とする。
これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によると、被控訴人車は、本件事故により大破したが、なお修理が可能であったこと、修理をする場合には、その費用として、合計一八〇万一一三〇円(甲第二号証の一には修理費総計一八〇万二一〇〇円と記載されているが集計の誤りと認める。)を要すること、被控訴人は被控訴人車を修理することなく、これを下取り車として新車を購入し、その際被控訴人車の下取り価格は三〇万円であったこと、被控訴人は、本件事故前の昭和四八年三月五日、被控訴人車を新車に買替えるため財団法人日本自動車査定協会において、その価格を査定させたところ、その結果は二四〇万円であり、右査定の有効期間は同月一五日までであったこと等の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫右認定によれば、被控訴人車は修理が可能であって、その修理費用は一八〇万一一三〇円であったところ、被控訴人はこれを修理することなく下取りに出しその評価額は三〇万円であり、本件事故前における被控訴人車の価格二四〇万円との差額は二一〇万円であるので、前述したところにより、結局、本件における車両損害はその低きに従い一八〇万一一三〇円と認むべきである。
なお、控訴人らは、本件事故前における被控訴人車の価格は二四〇万円に達しなかったものである旨主張するが、≪証拠省略≫によるも右主張を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
2、弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、控訴人らが前記損害金を任意に支払わないので、被控訴人は、弁護士高木修、同平田米男に対し、本件訴訟の追行を委任し、その報酬として三〇万円を支払うことを約したことが認められる。そして、本件訴訟の内容、経過、前記損害認容額その他本件に現れた諸般の事情を斟酌すると、右弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係に立つ損害として控訴人らに請求し得るものは、一八万円とするのが相当である。
三 以上の次第で、控訴人らは、各自、被控訴人に対し、一九八万一一三〇円および内金一八〇万一一三〇円に対する不法行為の日の翌日である昭和四八年三月一一日から、内金一八万円に対する本判決言渡しの日の翌日から支払いずみまで各民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。被控訴人の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。しかしながら、控訴人らの反訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。よって、被控訴人の本訴請求につき右と異なる原判決を主文のとおり変更し、反訴請求についての控訴会社の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 川端浩 新田誠志)